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ケンタの日記
■ KENTA 25 LATEST DIARIES
[07/22] 立て続けに思い出しました。
[07/22] お勉強
[06/24] 時代
[09/10] 弁護士さん
[06/12] 札幌
[05/26] 真崎航
[05/09] 時代に反し、そして、地味な更新
[05/30] 寄付完了しました!
[12/13] 尖ってみようか。ワタシ。
[03/17] あえて「開催」決定しました
[01/16] 自由と責任
[12/25] 指令その2
[01/30] 大雪の日の出来事。
[12/06] TOMMY の画像は嘘です
■ 時代 2014-06-24 04:21
晴れて、16歳でゲイ業界にデビューした僕は右も左も解らない
ハナタレ小僧。

この当時に知り合った、11歳年上のオネエさん。
16歳の何も知らない、礼儀すら侭ならない若輩者。言葉遣いすら不出来。
その当時は、今よりももっと口うるさい年長者がいた時代。
そんな僕に、ゲイ業界の習わしや、作法、目上の方への言葉遣い、
そして、「女としての道」、ゲイとしての「今の僕の源流」を作ってくれ
いわば、僕の「札幌ゲイ業界の母」と慕っていた方が、先週の金曜日に心不全で亡くなっていた。

亡くなっていた、というのは、
自宅で倒れ、発見されるまで数日経過していたから。
その後、事件性や死因を特定するため検視を行い、
昨日遺体が遺族の方々の元へ戻って来たそうだ。

その後すぐに、その方の弟さんとお会いし、
生前、ゲイシーンの中で、親交のあった方々への
連絡を引き受ける事となった。

一通りの連絡を終え、落ち着いた今、こうしてブログを書いているわけですが、
今は、悲しいとか、そんな感情が出て来ない。
きっと、僕の中で、まだ整理が付いていないのだろう。
こうして、ブログを書く事で、何か整理できるような気がしている。

そして、そのお世話になった大恩ある方の性格や行動パターンを考えると、
こうして、ブログへ記しておくことが、どこか供養のような気もしている。

ゲイとして生きていく上で、彼からは、ものすごく大きなものを教えてもらった。
ましてや教えてくれた時が、多感な思春期みたいな時期だからこそ、
今もこうして、僕の心の根本に根付いているのだろう。

目上の方には、ちゃんと敬語を使いなさい。
目上の方とお茶やご飯に行った時は「上座」「下座」を瞬時に気付き下座に座れ。
お茶やお水は年下が即座に気付いて汲みなさい。
人と会話をする時は、ちゃんと相槌を打ち、相手が話しやすいようにしなさい。
助手席に乗るなら、助手席のマナーをしっかり身につけなさい。
運転手にナビをしやすいように地図が解る様になっておきなさい。(当時ナビが主流ではない)
運転手にご飯を食べさせるタイミング、ドリンクを飲ませるタイミング。
信号を曲がる際は、何個後の信号を右とか左と具体的に言いなさい。
皆で鍋などをして食べ終わった後は、年下が率先して洗い物をしなさい。

んまー、色々と叩き込まれました。嫁姑みたいなものでした。
この16歳の段階で、「オネェ業界は体育会系よ!」そう仕込まれたものです。
若かった僕は、多少の反抗心もあり、たまには心で「うるセーババァだな」
そう思ったものです。

ただ、時を重ね、僕も20歳を過ぎ、30歳を過ぎ、そうして時代を過ごして行くと、
彼が教えてくれたこと、一つ一つが、普段生活する上で生きて来るのを実感していました。
あー、若い時に、先輩オネェさんから、五月蝿く言われて良かった。っと。

今見たく、ネットに逃げることも出来ない時代。そこで辛抱するか、
仲間を変えるか、どちらかしか無かった時代ですからね。
でも、結果は辛抱する事を選んで良かったと思っています。
辛抱することを身に付け、そうそう、仲の良い人を変えることなく、
今では、うさん臭いと思われがちな「義理人情」を学び。

人に優しくすることと、甘やかすことは違うということを学び。

時は流れても、彼との関係は裁ち切れることはなく、
彼も、僕も歳を取り、ここ数年は、二人で笑いながら、「もう、今は、老人介護ですよ」。
なんて状況が多かった。

彼ともう1人、たいした僕の世話もしてくれなかったけど、
彼とよく一緒に居たオネェさんがいる。
若い頃はよく、三姉妹と言われ、彼が長女、もう1人が次女、僕は便所、とか言われていた。
ここ最近は、この二人のおネェさんの介護だな、将来は、、、
そう思っていた矢先の今回の出来事。

彼は、、僕の世話をたいしたしてくれなかった、もう1人のオネェさんを残し、
まるで、僕に、○○○ちゃんをお願いねー、そう言いながら、先に逝っちまったようです。

僕の、ゲイとしての人生のほとんどを見ていてくれた大先輩。

亡くなって悲しいという感情では無い、言葉では上手く表現の出来ない
感情が、今ここにあります。
僕も人生の最期を迎えた時に、待っててくれんだろうなー、
けど、ちょっと人生生き急ぎ過ぎてません? くたばるの早過ぎ。
そんな感じです。

僕が辛い時や、悲しいとき、いつも「笑い」で場を癒してくれた方。
その反対に、彼がそういう時も同じ手法で励ましていた。

だから、僕も、今回も、同じ手法で整理をしようと思っています。

早く逝き過ぎたこと、もう1人のオネェさんと一緒に、
あなたが居ない所で、文句言っときます。

あなたが、一つの人生の岐路に立った時に、私の節目のショーよ、っと言って見せてくれた
中島みゆきの「時代」を聴きながら、
悪〜い顔しながら、僕、ニヤついてますね。

人を和ますことが得意だった、アナタのように、
今日も、今週も、アナタの姿を思い出しながら、笑ってますね。

それが、僕の、アナタへの追悼の仕方です。

いいですよね?
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